🕯️はじめに:仏舎利塔(紫波洲崎城)とは?
宮崎県の海沿いの山頂に、「武士の霊が出る」と噂される城跡があります。
しかも現在、その本丸跡には白い巨大な仏塔が建っています。
今回ご紹介するのは――仏舎利塔(紫波洲崎城)です。
宮崎市折生迫の城山に残る中世山城で、現在は城山公園として整備されています。
心霊スポットとしては、
「戦で敗れて自決した武士の霊が出る」
「仏舎利塔の近くに女性の霊が現れる」
「城が落ちた際に女性たちも自決し、その霊が残っている」
「近くに一家惨殺、または一家心中があった廃屋がある」
といった噂が語られてきました。
ただし、この場所は単なる「いわく付きの山」ではありません。
宮崎市教育委員会の資料によると、紫波州崎城は実在した山城で、伊東氏と島津氏の勢力争いに関わり、1615年に廃城となっています。
さらに、現在の仏舎利塔は1972年に建立されたとする地域資料が残ります。
今回は、城の実際の歴史、城名の表記、伊東氏・島津氏との関係、仏舎利塔の建立、武士・女性霊・惨殺廃屋の噂、そして私が実際に訪れた当時の写真を詳しく見ていきます。
🗺️仏舎利塔(紫波洲崎城)の情報
仏舎利塔(紫波洲崎城)の基礎情報
通称:仏舎利塔(紫波洲崎城)
城跡の公式表記例:紫波州崎城跡
読み:しわすざきじょうあと
所在地:宮崎県宮崎市大字折生迫字上白浜
種類:中世山城跡・城山公園
標高:約65~67m
築城:応永年間(1394~1428年)頃とする資料あり
主な城主:長井氏、伊東氏家臣、上井氏など
廃城:1615年(元和元年)
遺構:曲輪・空堀など
現在:本丸跡と推定される場所に宮崎仏舎利塔が建つ
仏舎利塔建立:1972年(昭和47年)とする地域資料あり
仏舎利塔(紫波洲崎城)の場所
場所は、青島の南側、日向灘へ突き出した城山の山頂です。
宮崎白浜オートキャンプ場へ向かう手前から、城山公園へ上がる道があります。
山頂付近まで車で上がれますが、道幅はかなり狭く、すれ違いが難しい区間もあります。
近年の城跡訪問記録では、一部遊歩道が通行止めになっている時期も確認されています。
現在の現地規制や通行状況を優先してください。
周辺情報
城名については、資料によって「紫波洲崎城」「紫波州崎城」「紫波須崎」など表記が揺れます。
宮崎市教育委員会の現在の資料では「紫波州崎城跡」と書き、読みを「しわすざきじょうあと」としています。
一方、既存の城郭資料や観光情報では「紫波洲崎城」という表記も広く使われています。
この城は青島の南、日向灘へ面した天然の要害に築かれました。
『日向記』を基にした宮崎市資料によると、1444年頃には長井式部少輔が城主でしたが、伊東祐堯が城の明け渡しを求め、その後は伊東氏側の川崎五郎左衛門良正が地頭となったとされています。
その後、島津氏の勢力下では宮崎地頭・上井覚兼の父、上井薫兼が城主となり、覚兼自身もたびたび城を訪れました。
1615年、伊東祐慶の時代に廃城。現在も曲輪や空堀などの遺構が残っています。
参考:宮崎市教育委員会「紫波州崎城跡」
本丸跡に建つ宮崎仏舎利塔
現在、城の主郭だったと考えられる場所には宮崎仏舎利塔が建っています。
地域観光資料では、高さ約21m、直径約15m。1972年8月に建立されたとされています。
また、1954年にインドのネール首相から日本へ贈られた仏舎利の流れに関係する塔として紹介されています。
仏舎利塔とは、仏陀の遺骨・仏舎利、またはそれを象徴する聖なるものを奉安するための塔です。
旧記事では「日本で本物の仏舎利が入っているのは日泰寺だけ」と書いていましたが、これは正確ではありません。
1954年にネール首相から日本へ贈られた仏舎利が、各地の仏舎利塔へ分祀・奉安された記録が存在します。
参考:宮崎県・青島エリア観光資料「城山公園」
👻仏舎利塔(紫波洲崎城)に纏わる噂と心霊現象
- 戦で敗れた武士が自決し、その霊が城跡を彷徨っている。
- 落城時に女性たちも自決し、女性の霊が現れる。
- 仏舎利塔の近くに女性の霊が出る。
- 少年の霊が現れるという噂もある。
- 遊歩道や城跡で人影・気配を感じる。
- 近くに、強盗が押し入り一家惨殺が起きた廃屋がある。
- 同じ廃屋について、一家心中があったという別説もある。
※城が実際に争奪の舞台となったことと、武士や女性の霊が出ることは別問題です。一家惨殺・一家心中の廃屋についても、事件を裏付ける資料は今回確認できていませんが、噂として存在するため残しています。
「武士の霊」という話が生まれた背景には、この城が実際に伊東氏・島津氏などの勢力争いに巻き込まれてきた歴史があります。
ただし、心霊サイトでよく見かける「城が落ちた際、武士が集団自決した」という具体的な場面を裏付ける史料までは確認できませんでした。
同様に、「女性たちも自決した」という話も後世の怪談として掲載されるものの、宮崎市の城跡解説には出てきません。
また、近くに一家惨殺または一家心中があった廃屋があるという噂は、場所・事件名・年月日が特定できず、現時点では実在事件として扱えません。
同じ宮崎県内に日向仏舎利塔という別の心霊スポットがあるため、両者の噂が混ざっている可能性もあります。
📷仏舎利塔(紫波洲崎城)に実際に行ってみた
宮崎県には日向市にも「日向仏舎利塔」と呼ばれる場所があります。
今回訪れたのは、宮崎市・青島近くの城山公園にある宮崎仏舎利塔です。
ここからは当時の写真を見ていきます。

城跡は城山公園として整備されています。
駐車場近くには城の説明板があり、本丸・曲輪・空堀などの位置関係や、伊東氏・島津氏との歴史が説明されています。
当時、私は「かなりマイナーな城」と書いていましたが、現在は宮崎市教育委員会の資料でも正式に紹介されている中世城郭です。

駐車場付近にはトイレがあります。


仏舎利塔を目指して歩いていきます。
周囲は木々が多く、かつて城があった山頂らしい雰囲気があります。


こちらが宮崎仏舎利塔です。
私が訪れた当時、壁面の一部はかなり傷み、立入禁止を示す表示もありました。
仏舎利塔の近くで女性の霊が出ると言われていますが、この日は誰もいませんでした。
現在も建物の状態や立入規制が変わる可能性がありますので、現地の表示に従ってください。

「宮崎佛舎利塔」と刻まれた石碑です。


建物自体は老朽化していましたが、仏像は残っていました。
心霊スポットとしてではなく、信仰施設でもある場所です。

城跡には墓標も残っています。
近年の現地記録では「河崎大善虎吉武一族之墓」と読める墓があるとされています。
ただし、これをそのまま「戦で自決した武士の墓」と断定できる資料は確認できません。
墓があることと、武士の霊が出るという怪談は分けて考えます。

仏舎利塔を別角度から。
旧記事では仏舎利について誤った説明をしていましたが、今回の調査で修正しました。
この宮崎仏舎利塔も、戦後にインドから日本へ贈られた仏舎利を奉安する流れの中で建立された塔として紹介されています。

最後に展望台。
天気が良ければ、青島や青島漁港、日向灘を見渡せる場所です。
私が訪れた日は天気が悪く、残念ながら綺麗な景色は見られませんでした。
今回も、武士の霊、女性の霊、少年の霊などは確認できませんでした。
🧪噂の真相と検証結果
仏舎利塔(紫波洲崎城)については、心霊噂の背景となり得る「城の歴史」そのものはかなり確認できます。
この場所には実際に中世の山城があり、伊東氏・島津氏などの勢力争いに関わりました。
曲輪や空堀も残り、1615年に廃城となったことも資料で確認できます。
しかし、「敗れた武士がここで集団自決した」「女性たちも自決した」という具体的な怪談の場面までは確認できません。
一家惨殺・一家心中があった廃屋についても、事件の裏付けや明確な場所は特定できませんでした。
一方、1972年建立とされる宮崎仏舎利塔が本丸跡に建っていることは確認できます。
現在の心霊スポット像は、実在する戦国期の城跡、墓標、老朽化した白い仏塔という強い景観に、武士・女性・少年の霊や惨殺廃屋の噂が重なって形成されたと考えるのが自然です。
😱仏舎利塔(紫波洲崎城)の恐怖度
雰囲気:★★★☆☆
立地:★★★☆☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
過去の事故事件の有無:★★☆☆☆
総合評価:★★☆☆☆
✍️まとめ
仏舎利塔(紫波洲崎城)は、「武士の霊が出る仏舎利塔」とだけ紹介するにはもったいない場所でした。
実際には、青島周辺の海と港を見張るうえで重要な位置に築かれた中世山城で、伊東氏・島津氏などの争奪に関わった歴史があります。
現在の本丸跡には1972年建立とされる宮崎仏舎利塔が建ち、城跡・信仰施設・展望公園という複数の顔を持っています。
武士の自決、女性の霊、一家惨殺の廃屋などの噂は存在しますが、今回確認した資料では具体的な事件までは裏付けられませんでした。
私が訪れた際にも、霊に遭遇することはありませんでした。
それでも、古い城跡の本丸に老朽化した白い仏塔が立つ景観は独特で、心霊抜きでも印象に残る場所です。
信仰施設でもあるため、訪れる場合は立入禁止表示や現地のルールを守ってください。
というわけで、今回はここまで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
それでは――お憑かれさまでした。
🔗関連する心霊スポット
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特に、噂の廃屋の具体的な場所や事件記事、武士・女性の自決説の原資料をご存じの方がいれば、ぜひお問い合わせフォームやコメントからお聞かせください。




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