🕯️はじめに:平和台公園とは?
昼間は桜や紅葉、はにわ園を楽しむ観光地。
ところが夜になると、「女性の霊が出る」「はにわが動き出す」と言われる公園が宮崎県にあります。
今回ご紹介するのは――平和台公園です。
宮崎市の高台にある県立公園で、高さ約36.4mの「平和の塔」と、約400体のはにわのレプリカが並ぶ「はにわ園」が特に有名です。
心霊スポットとしては、
「平和の塔周辺に女性の霊が出る」
「終戦時に集団自殺があった」
「深夜にはにわが動き、目が光る」
「新池で入水自殺した女性の霊が現れる」
といった噂が語られてきました。
しかし調べ直してみると、旧記事に書いていた「戦没者慰霊のために造られた公園」という説明は正確ではありません。
平和の塔は、第二次世界大戦の終戦後に造られた慰霊塔ではなく、1940年の「神武天皇即位紀元2600年」を記念する事業として建設された「八紘之基柱」が前身です。
今回は、平和の塔の戦前・戦後の歴史、はにわ園の本当の成立時期、集団自殺説や女性霊の噂、そして私が実際に早朝の公園を歩いた記録を詳しく見ていきます。
🗺️平和台公園の情報
平和台公園の基礎情報
名称:宮崎県立平和台公園
所在地:宮崎県宮崎市下北方町越ヶ迫6146
平和の塔完成:1940年(昭和15年)
塔の旧称:八紘之基柱
塔の高さ:約36.4m(観光案内では約37m)
はにわ園開園:1962年(昭和37年)5月
はにわ:約400基のレプリカ
東京オリンピック:1964年、国内聖火リレー第2コースの起点
現在:県立公園として通常利用
平和台公園の場所
平和台公園は宮崎市の高台にあり、宮崎市街を見渡せる観光地です。
園内には平和の塔、はにわ園、アスレチック広場などがあり、春は桜、秋は紅葉の名所としても紹介されています。
公園自体に入園料はありません。駐車場は複数ありますが、利用時間に制限のある場所もあります。
夜間に訪れる場合は、現在の駐車場開放時間や園内ルールを確認してください。
参考:宮崎市観光サイト「県立平和台公園」
周辺情報
平和台公園を理解するうえで欠かせないのが、現在「平和の塔」と呼ばれている巨大な石塔です。
この塔は1940年、「神武天皇即位紀元2600年」を記念して建設されました。完成当時の名称は「八紘之基柱」。
正面には「八紘一宇」の文字が刻まれています。
この言葉は『日本書紀』に由来する表現を基に近代に作られた語ですが、戦時期には国家的・対外膨張的な理念を表す標語として利用されました。
敗戦後の1946年には「八紘一宇」の文字と、武人を表す荒御魂像が撤去され、塔は「平和の塔」と呼ばれるようになります。
その後、荒御魂像は1962年、「八紘一宇」の文字は1965年に復元されました。
現在、宮崎県はこの塔を芸術性を持つ歴史的遺産であると同時に、悲惨な戦争の時代を考えさせる遺産とも位置付けています。
また、1964年の東京オリンピックでは、国内聖火リレー第2コースの起点となりました。
参考:宮崎県「『八紘一宇』の塔(平和の塔)について」
はにわ園は集団自殺者の慰霊施設ではない
心霊サイトでは、「終戦時に集団自殺した人の数だけ、はにわが置かれている」といった話も見かけます。
しかし、はにわ園が開園したのは1962年5月。
全国各地から発掘された埴輪や土器などを基にしたレプリカ約400基を、彫刻家・本部マサさんが制作した施設です。
宮崎市観光協会の資料でも、集団自殺者を慰霊する目的で造られたという説明はありません。
そのため、「はにわの数=自殺者数」という話は、現時点では心霊噂として扱うべき内容です。
👻平和台公園に纏わる噂と心霊現象
- 第二次世界大戦の戦没者を慰霊するために造られた公園で、成仏できない霊が彷徨っている。
- 終戦時、公園周辺で集団自殺が行われた。
- 集団自殺者の人数に合わせて、はにわが置かれた。
- 平和の塔周辺に女性の霊が現れる。
- 深夜になるとはにわが動き出す。
- はにわの目が光る。
- 園内の新池で女性が入水自殺し、その霊が現れる。
- 誰もいない場所で足音や人の気配を感じる。
※戦没者慰霊施設説、集団自殺、入水自殺など、史実として確認できない内容も、平和台公園で実際に流布してきた噂として残しています。
まず、「第二次世界大戦で亡くなった人を慰霊するために造られた公園」という話は、年代から見ても成立しません。
平和の塔は1940年完成で、日本が太平洋戦争へ入る前に造られた紀元2600年記念施設です。
また「終戦時に集団自殺があった」という話も、今回確認した新聞・行政・公園史資料では裏付けを確認できませんでした。
はにわ園についても、1962年に観光・文化施設として開園した経緯が確認できます。
一方、平和の塔周辺に女性の霊が出る、新池に女性の霊が出る、はにわが夜に動く――という怪談自体は現在も心霊スポット情報として残っています。
2020年代の心霊配信でも同じ噂が紹介されており、少なくとも現在まで継続して語られている怪談であることは確認できます。
ただし、新池で実際に女性の入水自殺があったことを示す具体的な報道は、今回確認できませんでした。
📷平和台公園に実際に行ってみた
今回は時間の都合が合わず、到着したのは早朝。
夜の心霊スポット感は一切ありません(笑)
それでも、公園の雰囲気や噂の場所は確認できたので、当時の写真を見ていきます。

駐車場に車を停め、まず案内図で現在地を確認。
心霊の噂が多い平和の塔とはにわ園へ向かいます。

時刻は朝7時頃。
人はまだ少なく、ジョギングしている方がいる程度でした。
早朝なので怖さはほとんどありません。

こちらが平和の塔。
高さは公式資料で約36.4m、観光案内では約37mと紹介されています。
夜の公園を歩いていて突然この巨大な塔が現れたら、確かにかなり異様に感じるかもしれません。
女性の霊が出ると言われる場所ですが、早朝のこの日は何もありませんでした。

塔の正面には、手を叩くと音が反響する場所があります。
私も試しましたが、「ビーン」という独特の反響音が返ってきました。
夜にこの音だけ聞けば、知らない人は驚くかもしれませんね。

塔の旧称は「八紘之基柱」。
旧記事では「八紘一宇=人類は全員家族だから仲良くしようという意味」とかなり単純化して書いていました。
しかし、この語は戦時期に国家理念・戦争動員の標語として用いられた歴史があり、現在はその背景を含めて見る必要があります。
戦後に一度撤去された文字が1965年に復元され、現在も塔正面に残っています。

平和台公園について記された石碑です。


正面中央に「八紘一宇」の文字が見えます。
敗戦後の1946年に文字と荒御魂像は撤去され、その後、荒御魂像が1962年、文字が1965年に復元されています。
1964年には東京オリンピックの国内聖火リレー第2コースの起点にもなりました。

塔内部は通常自由に入れる場所ではありませんが、見学機会が設けられることがあります。
内部には神話を題材にしたレリーフなどがあります。

塔の四方には、荒御魂・和御魂・幸御魂・奇御魂の像が配置されています。
旧記事では職業の説明をかなり単純化していましたが、像の意味や歴史的評価には複数の説明があります。
ここでは、戦前に塔と一体で制作された大型像であることまでを押さえておきます。



続いて、はにわ園。
1962年5月に開園し、全国で発掘された埴輪などを基にしたレプリカ約400基が並びます。
昼間に見ると可愛らしいものも多いですが、夜に森の中でこれだけの人型が並んでいれば、かなり不気味かもしれません。
「深夜にはにわが動く」「目が光る」という噂がありますが、もちろん早朝のこの日はまったく動きませんでした(笑)

最後は園内の新池。
ここでは「入水自殺した女性の霊が出る」と言われています。
今回あらためて調べても、その入水自殺を裏付ける具体的な記録は確認できませんでした。
私が見た限りでは普通の池で、女性の霊や不自然な人影もありませんでした。
🧪噂の真相と検証結果
平和台公園は、実際の歴史と心霊噂がかなり混ざって伝わっている場所です。
まず、「第二次世界大戦の戦没者慰霊のために造られた」という説明は誤りです。
平和の塔は1940年の紀元2600年記念事業として建設されたもので、戦後に「平和の塔」と呼ばれるようになりました。
また、はにわ園は1962年に開園した文化・観光施設であり、集団自殺者の人数に合わせて配置されたものではありません。
「終戦時の集団自殺」「新池の女性入水自殺」についても、今回確認した資料では事件を裏付けられませんでした。
一方、女性の霊、動くはにわ、光る目といった怪談は現在まで語り継がれています。
私自身の早朝の訪問では、明確な心霊現象はありませんでした。
現時点では、戦前・戦後の複雑な歴史を持つ巨大な塔と、森の中に約400体のはにわが並ぶ独特な景観に、後年の女性霊・集団自殺・動くはにわの怪談が重なった場所と考えるのが最も資料に合っています。
😱平和台公園の恐怖度
平和台公園の恐怖度
雰囲気:★★☆☆☆
立地:★☆☆☆☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
過去の事故事件の有無:★☆☆☆☆
総合評価:★☆☆☆☆
✍️まとめ
平和台公園へ実際に行ってみましたが、早朝ということもあり、心霊スポットらしい恐怖感はほとんどありませんでした。
女性の霊も、動くはにわも、光る目も確認できません。
むしろ今回重要だったのは、公園の歴史を調べ直したことです。
平和の塔は戦没者慰霊のために造られた塔ではなく、1940年の紀元2600年記念事業として建てられた「八紘之基柱」が前身。
敗戦後に文字や像の一部が撤去され、後に復元されるなど、日本の戦前・戦後史をそのまま背負った建造物です。
はにわ園も、集団自殺の慰霊施設ではなく1962年開園の文化・観光施設でした。
心霊噂は噂として残りますが、史実を知ってから訪れると、単なる「怖い公園」とはまったく違って見える場所です。
というわけで、今回はここまで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
それでは――お憑かれさまでした。
🔗関連する心霊スポット
・【宮崎県】コツコツトンネル(久峯隧道)
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