🕯️はじめに:中村トンネル(立石隧道)とは?
今回ご紹介するのは、香川県の心霊スポットとして古くから名前が挙がる――中村トンネル(立石隧道)です。
正式名称は「立石隧道」。
高松市牟礼町原と木田郡三木町井上の間に残る、素掘り部分を持つ古い道路トンネルです。
心霊スポットとしては、「入口の地蔵が笑って見えたら無事に帰れない」「祠の扉が開いていると帰りに事故に遭う」「女性の霊が出る」「子供の声が聞こえる」など、かなり多くの噂があります。
しかも調べ直すと、この場所が心霊スポットとして語られていた記録は少なくとも2000年まで遡れました。
一方で、トンネルそのものは廃墟ではありません。
高松市が現在も管理する道路トンネルのひとつで、2023年度の定期点検でも管理対象として正式に記録されています。
今回は、立石隧道の道路史、地蔵と「牛の墓」の由来、古い掲示板に残る怪談、そして私が実際に訪れた際の写真を分けながら詳しく見ていきます。
🗺️中村トンネル(立石隧道)の情報
中村トンネル(立石隧道)の基礎情報
正式名称:立石隧道
通称:中村トンネル、旧立石トンネル
所在地:香川県高松市牟礼町原~木田郡三木町井上
道路:高松市側は市道平木線として管理
竣工:1943年(昭和18年)3月とみられる
延長:高松市・道路メンテナンス資料では87.0m
構造:坑口付近はコンクリート、内部の大部分は素掘り
照明:なし
現在:高松市が管理する現役道路トンネル
2023年度点検:健全度Ⅱ
中村トンネル(立石隧道)の場所
場所は、香川県高松市牟礼町原と木田郡三木町井上の境付近。
現在の県道38号三木牟礼線・新立石トンネルの旧道側にあります。
新しい道路ができたため交通量は大幅に減りましたが、立石隧道そのものが廃止されたわけではありません。
高松市が2025年12月に改訂した「道路トンネル長寿命化修繕計画」では、現在も市が管理する5本のトンネルのひとつとして「立石隧道」が掲載されています。
2023年度の点検結果は健全度Ⅱ。これは「予防保全の観点から措置を講ずることが望ましい状態」にあたります。
さらに高松市は、この隧道を撤去すると約5km・17分の迂回が必要となり社会活動に影響するため、現時点では集約化・撤去は困難と判断しています。
つまり「完全に使われなくなった旧トンネル」ではなく、現在も道路インフラとして維持管理されている場所です。
参考:高松市「道路トンネル長寿命化修繕計画」
立石隧道はいつ造られた?
立石隧道の竣工年については、現地に残る記念碑が大きな手掛かりになっています。
道路・隧道を記録しているサイトでは、碑文に「隧道工事竣工記念 昭和十八年三月吉日 平井町長」と刻まれていることが確認されています。
このため、立石隧道は1943年(昭和18年)3月竣工とみるのが有力です。
一方、ネット上では長らく「全長約120m」「119.7m」と紹介されてきました。
しかし国土交通省系の2023年度トンネル点検結果では、立石隧道の延長は87.0mと記録されています。
現在の記事では、公的な道路点検資料の87.0mを基準にしています。
古い資料やサイトで約120mとする数字が残っている理由は、坑門前後を含む測り方などの違いも考えられますが、現時点では断定できません。
また、新立石トンネルは1990年(平成2年)11月に開通。
それ以降、立石隧道は主要ルートから外れ、現在のような旧道側のトンネルとなりました。
参考:香川県 道路トンネル点検結果
地蔵と「牛の墓」はどこへ行った?
昔の立石隧道の三木町側坑口付近には、道祖神地蔵と「牛の墓」と呼ばれる石碑があったとされています。
現在、この2つは旧トンネル側にはありません。
複数の旧道・心霊スポット記録では、新立石トンネルの開通後に新道側へ移されたと紹介されています。
ただし、「1990年11月30日に移設された」とまで断定できる一次資料は、今回確認できませんでした。
少なくとも2010年代の現地記録では、すでに旧坑口から姿を消し、新立石トンネル側にあるとされています。
そして、この地蔵と牛の墓こそが、中村トンネルの怪談の中心になっています。
地蔵については、「笑って見えたら帰れない」「祠の扉が開いていたら事故に遭う」「壊して持ち帰った少年が事故死した」など、複数のバリエーションがあります。
牛の墓については、「トンネル工事で牛を人柱にした証拠」とする噂があります。
しかし、牛を人柱として埋めたことを示す工事記録や新聞記事は確認できませんでした。
石碑の存在から後に怪談が作られた可能性も考えられます。
👻中村トンネル(立石隧道)に纏わる噂と心霊現象
- 入口の地蔵が笑っているように見えたら、無事に帰れない。
- 地蔵が祀られていた祠の扉が開いていると、帰り道で事故に遭う。
- 地蔵を壊した、または首を持ち帰った少年・若者が帰り道で事故死した。
- トンネル内に女性の霊が現れる。
- 誰もいないのに子供の声が聞こえる。
- トンネル内や車の後ろから足音が聞こえる。
- 地蔵の近くに車椅子に乗った老人の姿を見たという体験談もある。
- 工事の際に牛を人柱として埋め、その墓が坑口付近にあったという噂がある。
※これらには、古い掲示板・心霊サイト・個人の体験談として流布している内容が含まれます。事故死や人柱などの重大な話も、裏付けが取れていないものは削除せず、「噂」として区別して掲載しています。
中村トンネルが心霊スポットとして語られていた記録は、少なくとも2000年10月まで遡れます。
当時の四国の心霊スポット掲示板には、香川県の場所として「志度というところに中村トンネルがある」と投稿されています。
この時点ですでに説明なしで名前が通じる程度には、心霊スポットとして知られていた可能性があります。
さらに2009年のmixiには、学生時代に友人4人で訪れ、トンネル内で「車の後ろから何か聞こえる」と感じ、同行者も後から「足音みたいなものが聞こえなかったか」と話したという体験談が残っています。
同じ投稿では、「地蔵に花を供えていた中村という人物にちなみ中村トンネルと呼ばれる」という別の名前由来も紹介されています。
ただし現在、地名の「中村」に由来するとする説明もあり、通称の由来については複数説があります。
全国心霊マップには2011年10月からこの場所のページが存在し、女性の霊や地蔵に関する噂が現在まで蓄積されています。
2022年に投稿された体験談には、平成初期の深夜、地蔵の横に車椅子の老人を見たものの、同行者は誰も見ていなかったという話もあります。
噂の細部は時代によって増えていますが、少なくとも「中村トンネル=心霊スポット」という認識自体は2000年代初頭には存在していました。
参考:2000年の掲示板ログ
参考:mixi「四国の心霊スポット」
「地蔵を壊した少年が事故死」は本当?
中村トンネルの怪談で特に有名なのが、地蔵を壊した、あるいは首を持ち帰った若者が帰り道で事故死したという話です。
しかし今回、香川県内の事故記事や道路資料まで範囲を広げて確認しましたが、この話と一致する具体的な事故報道は見つけられませんでした。
「少年1人が事故死」「若者たちが全員即死」など、サイトによって人数や状況も変わっています。
そのため現時点では、実際の交通事故を確認できる話ではなく、地蔵の祟りとして語られてきた都市伝説として扱うのが妥当です。
ただし、噂が長年存在してきたこと自体は確認できます。
📷中村トンネル(立石隧道)に実際に行ってみた
今回は三木町側から立石隧道を目指しました。
新立石トンネル手前の旧道へ入ると、道幅はかなり狭くなります。
現在も道路として管理されているため、車道上への長時間駐車や、通行を妨げる行為は避けてください。
それでは、当時撮影した写真を見ていきます。

立石隧道の手前まで到着しました。
過去の写真や記録を見ると、この付近には噂の地蔵と牛の墓があったようです。
私が訪れた時点では、どちらもすでに旧坑口側には残っていませんでした。
当時は「移動されて10年ほど」と考えていましたが、今回の再調査では正確な移設年月日までは確認できていません。



こちらが三木町側の入口です。
この日は霧が濃く、写真を撮るのにも苦労しました。
私の体感では、四国で訪れた心霊スポットの中でも雰囲気の怖さはかなり上位。
照明がなく、入口から先がほとんど真っ暗に見えることも大きいと思います。

入口には大きな落書きが残っていました。
古い道路構造物への落書きは、場所そのものを傷める行為なので絶対にやめましょう。

トンネル内部です。
坑口付近はコンクリートですが、内部は岩盤がむき出しになった素掘り部分が続きます。
照明設備もありません。
心霊の噂を知らなくても、夜に入ればかなり不気味に感じる構造です。

人が車に轢かれたような絵の落書きもありました。
当時は少しブラックユーモアっぽく見ていましたが、道路施設に描かれた落書きであることに変わりはありません。

霊が出ると言われれば納得してしまいそうな雰囲気です。
ただ、トンネル自体は短く、内部から反対側の出口も確認できます。
旧記事では「全長約120m」と書いていましたが、現在の公的点検資料では87.0mとされています。

手持ちのライトでは写真がうまく撮れなかったので、当時は車のライトも使って撮影しました。
内部を見ると、本当に「トンネル」というより洞窟をそのまま道路にしたような印象があります。

こちらは高松市牟礼町側の入口。
今回も、女性の霊や子供の声、足音などの明確な現象はありませんでした。
何事もなく通り抜けています。


帰り道で見つけたお地蔵様です。
これは、かつて立石隧道の入口にあったとされる「噂のお地蔵様」とは別のものです。
🧪噂の真相と検証結果
中村トンネルについて調べ直すと、「事実として確認できる道路史」と「後から付いた怪談」がかなりはっきり分かれます。
立石隧道が1943年頃に造られたこと、1990年に新立石トンネルが開通したこと、現在も高松市が管理していることは資料で確認できます。
また、旧坑口付近に地蔵と「牛の墓」と呼ばれるものがあったことも、複数の現地記録で確認できます。
一方、地蔵を壊した少年の事故死、牛を人柱にしたという話、女性霊や子供の声の由来となる死亡事件については、裏付けとなる新聞記事や公的記録を確認できませんでした。
ただし、これらの噂を「確認できないから存在しなかった」と消すべきではありません。
実際、中村トンネルは2000年の掲示板にすでに心霊スポットとして登場しており、2009年には足音の体験談も残っています。
つまり、具体的な事件は確認できないが、怪談そのものは長年語られてきたというのが現在の調査結果です。
そしてもう一つ重要なのは、この場所が現在も管理道路であること。
廃道だと思って車を放置したり、狭い道で長時間立ち止まったりするのは危険です。
😱中村トンネル(立石隧道)の恐怖度
雰囲気:★★★★☆
立地:★★★★☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
過去の事故事件の有無:★☆☆☆☆
総合評価:★★★☆☆
✍️まとめ
中村トンネル(立石隧道)は、私が四国で訪れた中でも雰囲気の怖さがかなり強かった場所です。
素掘りの岩肌、照明のない内部、霧の濃い山道。
それだけでも十分に不気味ですが、昔から地蔵や牛の墓にまつわる話まで重なり、香川県を代表する心霊スポットとして定着したのだと思います。
調べ直して特に面白かったのは、2000年の時点ですでに「中村トンネル」が心霊スポットとして掲示板に登場していたこと。
噂の元になった事件は確認できなくても、怪談自体には少なくとも20年以上のネット上の歴史があります。
そして現在の公的資料を見ると、この隧道は決して忘れられた廃トンネルではありません。
今も高松市が点検・維持管理し、撤去すれば地域の通行に影響が出る道路施設です。
心霊スポットとして訪れる場合も、その点は忘れないようにしたい場所ですね。
というわけで、今回はここまで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
それでは――お憑かれさまでした。
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昔の中村トンネルを知っている方、旧坑口に地蔵や牛の墓があった頃を覚えている方、女性の霊・子供の声・足音などを体験した方の情報をお待ちしています。
特に、地蔵と牛の墓が正確にいつ新道側へ移されたのか、地蔵を壊した若者の事故という噂をいつ頃から聞いていたのかをご存じの方がいれば、ぜひお問い合わせフォームやコメントからお聞かせください。




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