🕯️はじめに:新吹上トンネルとは?
新しいトンネルに、古いトンネルの幽霊が移ってきた――。
東京都青梅市にある新吹上トンネルには、そんな奇妙な噂が残っています。夜中に白い服の女性が現れ、誰もいないのに声が聞こえる。壁には人の顔のような染みが浮かぶという話もあります。
ところが、ここは1993年に開通した、ごく普通の道路トンネルです。全長約600m。現在も車やトラックが行き交い、山を抜ける重要な生活道路となっています。
では、なぜこの場所に女性の霊が現れるのでしょうか。
実はこの山には、新吹上トンネルとは別に、昭和と明治のトンネルが残されています。さらにその上には江戸時代の切通しまで。現役道路のすぐ近くに、約200年にわたる峠越えの歴史が折り重なっているのです。
そして、古いトンネル付近で起きたという殺人事件を追うと、2021年の現地取材から、現在語られている怪談とは違う実際の出来事も見えてきました。
🗺️新吹上トンネルの情報
新吹上トンネルの基礎情報
名称:新吹上トンネル(しんふきあげトンネル)
所在地:東京都青梅市黒沢二丁目~成木八丁目
路線:東京都道53号青梅秩父線(成木街道)
開通:1993年(平成5年)
延長:604m(青梅市の資料による)
車道幅員:7m
歩道幅員:1.5m
高さ:6.3m
管理者:東京都
現況:車両が通行する現役の道路トンネル
上記の開通年と延長は、2003年6月1日号の『広報おうめ』に掲載された竹内俊夫市長のコラムに基づいています。
なお、国土交通省の『トンネル点検結果(統合)』では完成年次1994年、延長603mと記されており、両資料には数字の違いがあります。その理由については、後ほど詳しく触れます。
出典:『広報おうめ』2003年6月1日号・市長コラム「吹上峠」(転載)/国土交通省関東地方整備局『トンネル点検結果(統合)』72頁
新吹上トンネルの場所
新吹上トンネルがあるのは、青梅市の黒沢地区と成木地区の間に位置する吹上峠です。青梅市街から埼玉県の名栗・秩父方面へ続く成木街道を通り、黒沢二丁目から成木八丁目へと抜けます。
山中の交通路ではありますが、現在は都道53号の現役の車道。新トンネルの脇には旧道の分岐が残り、さらに高い位置に明治の隧道と江戸時代の道が隠れています。
周辺情報
吹上峠には「新吹上トンネル」「吹上トンネル」「旧吹上隧道」という3世代のトンネルがあります。
最も新しいのが、今回取り上げる新吹上トンネル。すぐ近くにある昭和の吹上トンネルは、自動車の通行がなくなったあとも歩行者・自転車の通路として残されています。初代となる明治の旧吹上隧道は、老朽化のため完全に封鎖されました。
心霊サイトでは3本まとめて「吹上トンネル」と呼ばれることもあります。しかし、撮影された写真や語られている事件の場所は同じとは限りません。
👻新吹上トンネルに纏わる噂と心霊現象
- トンネルの内部に、白い服を着た女性の霊が現れる。
- 旧吹上トンネルで語られた女性の霊が、新しいトンネルにも出るようになった。
- トンネルに入ると、突然寒気や強い息苦しさを覚える。
- 壁に人間の顔のような染みが浮かび上がる。
- 誰もいない場所から声や足音が聞こえてくる。
- 旧道側で知られる幼子の泣き声や、背後から追いかけてくる霊の噂が新道にも広がっている。
有名なのは、旧吹上トンネルの女性霊が新しいトンネルにも姿を現すようになったという話です。全国心霊マップには、旧吹上トンネルから霊が来ているのではないかとする投稿が残っています。
2024年8月27日公開の「ウワサの心霊話」でも、白い服の女性、圧迫感、壁の染み、正体不明の声や足音が紹介されていました。
普通ならトンネルが造り直されると、昔の道と新しい道はまったく別の場所になります。しかし吹上峠では、すぐ近くに3本の隧道が並んで残ったため、怪談まで一緒に受け継がれていったようです。
出典:全国心霊マップ「新吹上トンネル」/ウワサの心霊話「新吹上トンネル」(2024年8月27日)
🔎新吹上トンネルをさらに深掘り
1828年、吹上峠に最初の切通しが造られた
吹上峠の歴史を遡ると、最初に見えてくるのはトンネルではありません。
文政11年(1828年)、成木周辺で産出された石灰を牛馬で運びやすくするため、峠の頂上部を約9m掘り下げる工事が行われました。山を削って通した道、いわゆる切通しです。
成木の石灰は、江戸の建築で使われる漆喰の材料として知られていました。現在の成木街道にも、そうした物資輸送の歴史が息づいています。
新吹上トンネルがなかった時代、人々は荷車や馬とともに山の上の道を越えていたのです。
出典:『広報おうめ』2003年6月1日号・市長コラム「吹上峠」(転載)/道路WEB「成木街道」
1904年、東京初の道路トンネルが開通
明治時代になると、荷車や人の往来が増え、切通しだけでは十分に対応できなくなります。そこで1904年(明治37年)、新たな道路隧道が開通しました。現在「旧旧吹上トンネル」「古吹上トンネル」とも呼ばれる初代の隧道です。
延長112m、幅3.3m、高さ2.8m。竹内市長の2003年のコラムでは、東京で初めて造られた道路トンネルとして紹介されています。
当時の工事には地元住民が深く関わっていました。青梅市立成木小学校が2025年に公開した資料には、川口昌蔵という人物の開通運動や、道路のために土地を無償で提供した住民の話が残っています。予算が不足すると、関係者が財産を売って借金に対応したという記録まであるのです。
現在は怪談の舞台として有名な明治の隧道。しかし、その誕生には地域の交通を便利にしたいという人々の長年の願いがありました。
出典:青梅市立成木小学校「昔々の成木 吹上トンネル その2」(2025年6月30日)/『広報おうめ』2003年6月1日号・市長コラム「吹上峠」(転載)
1950年代、大型車のために2本目の隧道を建設
時代が進み、車やバス、トラックが往来するようになると、明治の狭いトンネルでは対応しきれなくなりました。
戦後に開通したのが、現在の吹上トンネル(旧吹上トンネル)です。幅員は約5.5m、高さ約4.8mとなり、明治の隧道よりずっと大きな車が通れるようになりました。
ここで資料を見比べると、少し不思議な点があります。国土交通省の点検資料では完成年次を1953年、延長246mと記載。一方、2003年の青梅市長コラムは1958年(昭和33年)開通、延長248mとしています。
完成と供用開始を別の日付としている可能性もありますが、両者の食い違いを説明する工事記録までは確認できませんでした。昭和の隧道についても、資料の数字がひとつにまとまっているわけではないのです。
出典:国土交通省関東地方整備局『トンネル点検結果(統合)』72頁/『広報おうめ』2003年6月1日号・市長コラム「吹上峠」(転載)
1993年、峠越えの主役が新吹上トンネルへ
車が増えると、さらに大きな問題が出てきます。昭和の吹上トンネルへ向かう道路は曲がりくねり、急な坂を上る必要がありました。
そこで平成5年(1993年)、全長604mの新吹上トンネルが開通。今度はトンネルそのものを長くし、山の低い位置をほぼ直線に貫きました。
青梅市長のコラムによれば、黒沢側から成木側へ進むと、内部で約33mも標高が下がる構造です。車道幅員7mと歩道幅員1.5mを確保し、峠越えの道路はより安全で便利になりました。
このとき、昭和のトンネルは車止めが設置された旧道側の通路となり、現在の新吹上トンネルが自動車交通を担うようになったのです。
出典:『広報おうめ』2003年6月1日号・市長コラム「吹上峠」(転載)/オメツー「吹上峠から青梅丘陵へ」(2023年11月7日)
1989年、1993年、1994年。完成年が3つある理由は?
新吹上トンネルについて調べると、もうひとつ数字の食い違いが見えてきます。
青梅市の資料では1993年開通・延長604m。現地の案内板でも延長604mと表示されています。一方、国土交通省関東地方整備局『トンネル点検結果(統合)』72頁には1994年完成・延長603mと記載されています。
さらに、2009年や2016年の現地探索記事には1989年10月竣工という情報もあります。竣工・開通・施設台帳の完成年次が別々に扱われているのかもしれませんが、その理由を裏付ける当時の工事書類は確認できていません。
そのため、この記事では青梅市が示した1993年開通・604mを基本情報に採用しています。1994年・603mという国交省の記録も、調査を進めるうえで見逃せない情報です。
出典:『広報おうめ』2003年6月1日号・市長コラム「吹上峠」(転載)/国土交通省関東地方整備局『トンネル点検結果(統合)』72頁/マッキータウンぶろぐ「旧吹上トンネルと旧道探索」(2016年)
2005年の研究資料に残る、旧トンネルの心霊噂
新吹上トンネルの怪談は、いつ頃から語られてきたのでしょうか。
2005年刊の学術誌『超心理学研究』第10巻1・2号には、小林信正による「心霊現象における実証的研究」が掲載されています。この中の探索地一覧には、青梅市の「旧吹上トンネル」と「古吹上トンネル」が別々に載っていました。
その表で旧吹上トンネルに記された噂は「女性たちの霊」、古吹上トンネルは「男性霊」です。女性殺人事件や焼身自殺といった由来も記されています。
つまり遅くとも2005年には、すでに古い2本を異なる怪談の舞台として取り上げる資料があったのです。
これらの噂が後に「吹上トンネル」というひとつの名前で広がれば、新しいトンネルにも女性霊が現れるという話が生まれるのは不思議ではありません。なお、この論文の一覧に書かれた事件名は、個々の事件の発生を立証する警察記録ではなく、当時どのような話が流布していたかを知る手がかりです。
出典:小林信正「心霊現象における実証的研究」『超心理学研究』10巻1・2号(2005年)
本当にあったという殺人事件。場所はトンネルの中ではなかった
吹上峠を語るうえで、避けて通れないのが女性の殺害事件です。
「旧旧吹上トンネルの中で少女が殺された」「強盗に殺された女性の霊が出る」。さまざまな形で語られてきた噂ですが、2021年4月4日公開の『週刊女性PRIME』は、旧旧隧道付近の土地を借りている関係者に取材を行っています。
その証言によると、終戦直後、黒沢口側の手前にあった居酒屋兼住居に強盗が入り、そこで暮らしていた高齢女性と嫁の2人が殺害されたそうです。犯人は逃走したものの、血の付いたシャツを不審に思われて逮捕されたと伝えています。
重要なのは、2人が殺害されたのは建物の中で、トンネル内ではなかったという点です。幼い娘は現場で命を奪われたわけではなく、その後別の場所で暮らしていたと記事に記されています。
ここから見えてくるのは、旧旧トンネル周辺の出来事が、やがてトンネル内部の怪談へと変わっていった可能性です。1993年に開通した新吹上トンネルは、もちろん事件当時には存在していませんでした。
出典:『週刊女性PRIME』「吹上トンネル」で聞こえる幼子の泣き声と悲しい記憶(2021年4月4日)/『週刊女性PRIME』同記事2ページ目・土地の関係者への聞き取り
宮崎勤事件との関係は?
吹上峠には、昭和末期の連続幼女誘拐殺人事件と結び付ける噂も残っています。犯人がここに潜伏した、少女を殺害した、遺体を遺棄したというものです。
しかし2021年の『週刊女性PRIME』の取材で、怪談師の吉田悠軌さんは、この関連説について明確に否定しています。実際の現場は別の場所だと指摘していました。
被害者が女性や子供だったという別の怪談があったため、全国的に知られた事件と後から混同されたのかもしれません。
新吹上トンネルについては、そもそも事件のあとに開通しています。時代と場所を分けて調べると、怪談の由来として語られる出来事がどれほど異なるのかが見えてきます。
出典:『週刊女性PRIME』「吹上トンネル」で聞こえる幼子の泣き声と悲しい記憶(2021年4月4日)
地元の人々が語った、怪談とは違う記憶
同じ『週刊女性PRIME』の取材には、もうひとつ印象深い話がありました。
土地の関係者は、家族の女性がまだ幼い頃、暗い旧旧吹上トンネルを毎日何度も往復していたと語っています。奉公先で働きながら自宅の家事も担うため、夜も暗い山道を歩かなくてはならなかったのです。
今では心霊スポットとして語られる場所も、当時の人々にとっては生活を支える唯一の道でした。
一方、心霊目的で訪れた人がゲートを壊したり、供養のための地蔵を傷つけたりしたという話も取材で紹介されています。実際の悲劇があった場所を見に行くのであれば、そこで暮らした人々の記憶も尊重したいところです。
出典:『週刊女性PRIME』同記事2ページ目・土地の関係者への聞き取り
白い服の女性は、なぜ新トンネルにも現れるのか
新吹上トンネルの心霊噂に繰り返し登場するのは「旧トンネルの霊が移ってきた」という説明です。
確かに吹上峠には、白い和服の女性、子供の泣き声、背後から追ってくる人影などの怪談が残っています。しかし、明治・昭和のトンネルと、平成に造られた新吹上トンネルは、立地も開通年も異なります。
2005年の研究資料に載るのは古い2本の噂。現在の新吹上トンネルの紹介記事では、さらに女性霊、声、壁の染みなどが加わります。
つまり、時代ごとに別の道路が造られたのに、怪談だけは同じ吹上峠という名前のもとで一緒になっていったのでしょう。そこにこのトンネルの面白さがあります。
出典:小林信正「心霊現象における実証的研究」『超心理学研究』10巻1・2号(2005年)/ウワサの心霊話「新吹上トンネル」(2024年8月27日)
息苦しさと声の噂。現役トンネルならではの事情
新吹上トンネルは自動車が走る現役の道路です。内部には照明が並び、大型の換気設備も設置されています。
昔の探索記録では、トラックなど大型車の通行が多いこと、道路が勾配になっていること、換気用のジェットファンが稼働していることが紹介されています。トンネル内で耳にする低い機械音やエンジン音は、山中の静かな道とはかなり印象が違うはずです。
壁の染みが人の顔に見えるという話もありますが、『週刊女性PRIME』の記者が実際に確認したのは主に古い吹上トンネル側でした。こちらは漏水や老朽化で壁の模様が目立つ場所です。
新吹上トンネルの固有の体験談と、旧吹上トンネルの写真や体験談を取り違えないことも大切でしょう。
出典:マッキータウンぶろぐ「旧吹上トンネルと旧道探索」(2016年)/『週刊女性PRIME』「吹上トンネル」で聞こえる幼子の泣き声と悲しい記憶(2021年4月4日)
📷新吹上トンネルに実際に行ってみた
ここからは新吹上トンネル周辺の現地写真をご紹介します。現在も自動車が走る道路トンネルで、その近くには古い時代の道が残されています。








🧪噂の真相と検証結果
新吹上トンネルの女性霊の話を追っていくと、すぐ上に残る旧道側の怪談へたどり着きます。
一方で、終戦直後の殺人事件については、2021年の週刊誌取材で土地の関係者の証言が残されていました。現場とされるのは旧旧隧道手前の建物であり、新吹上トンネルとは時代も場所も異なります。
不思議なのは、そんな別々の話がひとつの峠に集まっていることです。明治、昭和、平成と道が造り替えられてきたために、トンネルの名前だけが残り、どの場所の話だったのか分からなくなったのかもしれません。
1993年開通の現役道路にまで怪談が引き継がれていることこそ、新吹上トンネルの最大の特徴です。
😱新吹上トンネルの恐怖度
雰囲気:★★★☆☆
立地:★★☆☆☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
過去の事故事件の有無:★☆☆☆☆
総合評価:★★☆☆☆
✍️まとめ
今回は、東京都青梅市にある新吹上トンネルを紹介しました。
白い服の女性が現れる。壁に人の顔が浮かび上がり、誰もいないのに声がする。現在も車が行き交う道路に、そんな怪談が残っていること自体が不思議です。
しかし、その由来をたどれば、吹上峠に残る古いトンネルの歴史へ行き着きます。1828年の切通しから1904年の煉瓦造りの隧道、1950年代の昭和のトンネル、そして1993年の新吹上トンネルへ。時代ごとに道の高さが変わる一方、怪談は同じ名前のもとに集まっていきました。
また、旧旧隧道付近の建物で起きたという殺人事件についても、2021年の現地取材から具体的な証言が確認できました。トンネルの中で少女が殺されたという怪談とは違う、当時の出来事がそこには残っていました。
夜、新吹上トンネルを通り抜けるとき、頭の上に明治と昭和のトンネルが眠っていることを想像すると、現役の道路もどこか異様に感じられます。
なお、旧旧吹上トンネルは封鎖されています。私有地や立入禁止区域へ入らず、現役道路では停車や危険な撮影を避けてください。
それでは――お憑かれさまでした。
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埼玉県飯能市の畑トンネルにも、四つん這いの老婆や人面犬などの怪談と、明治時代から続く道路の歴史が残っています。
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新吹上トンネルを通ったことがある方、旧吹上トンネルがまだ車道だった頃を知っている方、心霊現象を体験したことがある方からのお話をお待ちしています。
どんな些細なことでも構いませんので、コメントやお問い合わせフォームからお聞かせください。
また、吹上峠の昔の道路やトンネル建設に詳しい方からの情報や解説も大歓迎です。




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