🕯️はじめに:旧佐和山トンネルとは?
真っ暗な廃トンネルの奥に、男性の霊が立っている――。
滋賀県彦根市には、そんな怪談で知られる古い隧道があります。
今回ご紹介するのは――旧佐和山トンネルです。
正式には旧佐和山隧道。
心霊スポットとしては、
「男性の霊が現れる」
「心霊写真が撮れる」
「誰もいないのに足音が聞こえる」
「壁を叩く音がする」
「首が折れた男性の霊が出る」
「暗闇から白い手が伸びる」
「うめき声が聞こえる」
などの噂が語られています。
しかし、このトンネルの本当の歴史は怪談よりもかなり濃いです。
滋賀県の戦争遺跡調査によると、旧佐和山隧道は1919年に着工し、1924年に完成。
さらに太平洋戦争末期の1945年には道路トンネルとして閉鎖され、近江航空の地下疎開工場へ転用されました。
つまり、単なる「廃トンネル」ではなく、大正期の道路建設と戦時中の軍需産業の両方を記録する遺構です。
今回は、旧佐和山隧道の建設史、戦時地下工場への転用、現在の状態、男性霊や心霊写真の噂、そして私が実際に訪れた際の写真を詳しく見ていきます。
🗺️旧佐和山トンネルの情報
旧佐和山トンネルの基礎情報
名称:旧佐和山トンネル
正式名称:旧佐和山隧道
所在地:滋賀県彦根市古沢町~鳥居本町
着工:1919年(大正8年)
完成:1924年(大正13年)
延長:230m
幅:約4.5m
高さ:約7.5m
建設時工費:130,756円
1931年:コンクリート舗装
1945年:近江航空の地下疎開工場へ転用
現在:廃隧道・立入禁止
旧佐和山トンネルの場所
滋賀県の戦争遺跡調査報告書では、旧佐和山隧道の現況を「廃隧道・立入禁止」としています。内部は亀裂や浸水があり極めて危険です。この記事の内部写真は過去の訪問記録として残すもので、現在の侵入を勧めるものではありません。
1919年着工、1924年完成
滋賀県の『戦争遺跡分布調査報告書』には、旧佐和山隧道の諸元が詳しく残っています。
大正8年(1919年)に着工し、大正13年(1924年)に完成。
延長230m、幅4.5m、高さ7.5m、建設当時の工費は13万756円。
坑口は煉瓦造りで扁額を備え、1931年にはコンクリート舗装も行われました。
現在の国道8号が佐和山を貫くトンネルの北側に並走する位置にあり、かつてはこちらが主要な道路でした。
参考:滋賀県「旧佐和山隧道(近江航空疎開工場)」
戦争末期、近江航空の地下疎開工場に
旧佐和山隧道の歴史で特に重要なのが1945年です。
太平洋戦争末期、空襲から軍需工場を守るため、政府は工場を地下・山間部へ移転させる「工場疎開」を進めました。
滋賀県資料によると、1945年2月23日の「工場緊急疎開要綱」に基づき、旧佐和山隧道は道路として閉鎖。
彦根市内に工場を持ち、航空機部品の製造・組立てを行っていた近江航空の疎開工場として転用されました。
一式陸攻・零戦・雷電などに関わる航空機部品を製造していた会社とされます。
終戦日に、近江実修工業学校の学徒が敗戦を知り、泣きながら隧道から彦根市内へ下りたという証言も記録されています。
実際の使用期間は非常に短かったと考えられますが、戦時工場として利用されたこと自体は確認できます。
現在は片側が埋没、内部も危険
滋賀県の調査では、西側の古沢町側入口は山水の浸透で水路状になっているものの、旧形を比較的残しています。
一方、鳥居本町側の入口は1994年に現在の歩道が完成した段階でほぼ埋められ、煉瓦造坑口の上部のみが露出する状態です。
内部には多数の亀裂が確認され、県の調査でも「立入調査は不可能」とされる危険な状態です。
👻旧佐和山トンネルに纏わる噂と心霊現象
- トンネル内に男性の霊が現れる。
- 旧佐和山トンネルでは心霊写真が撮れる。
- 誰もいない坑内から足音が聞こえる。
- 壁を叩くような音が突然響く。
- うめき声・叫び声が聞こえる。
- 首が不自然に折れた男性の霊が現れるという後年の噂がある。
- 暗闇から白い手が伸びてくるという後年の噂がある。
- 後ろから誰かに付いて来られるような気配を感じる。
- 戦時中の地下工場で亡くなった人の霊が出るという説もある。
※男性霊・心霊写真は比較的以前から掲載される定番の噂です。首が折れた男性、白い手、壁を叩く音などは後年の心霊記事でも確認できる話として残します。一方、これらの霊の由来となる死亡事故は今回確認できていません。
男性の霊は誰なのか?
旧佐和山トンネルで最も代表的なのが「男性の霊」です。
しかし、その男性について「工事作業員」「戦時中の工員」「事故死した人物」など説明は一定しません。
今回確認した滋賀県の詳細な戦争遺跡資料には、トンネルの建設・工場転用の経緯は記載されていますが、工事中または地下工場で死亡者が出たという記録は確認できませんでした。
したがって、戦争遺跡であることをそのまま「軍需工場の死者の霊が出る」根拠にはできません。
「首が折れた男性」「白い手」は後年の怪談
近年の心霊系記事では、さらに怪談が具体化しています。
「首が折れたような男性が立っている」
「暗闇から白い手が伸びる」
「壁を叩く音」「足音」「うめき声」などです。
こうした話は現在ネット上で確かに流布していますが、古い資料で同じ形の噂まで遡れるわけではありません。
この記事では、後年に追加・具体化した怪談として区別して記録します。
📷旧佐和山トンネルに実際に行ってみた
ここからは、私が過去に旧佐和山トンネルを訪れた際の写真です。
現在、滋賀県資料では立入禁止・内部危険とされています。あくまで過去の状態を残す記録としてご覧ください。



周辺は現在の国道8号から外れた旧道側です。
大正時代の道路トンネルがそのまま廃隧道として残っているため、心霊噂を知らなくても独特の雰囲気があります。



坑内は水が入り込みやすく、足元も悪い状態でした。
県の調査でも内部亀裂が多数確認されています。
現在は崩落などの現実的な危険を最優先に考えるべき場所です。



男性の霊、白い手、首が折れた人物などは、この日の訪問では確認できませんでした。
足音や壁を叩く音についても、明確な怪異として感じたものはありません。



写真を見返しても、心霊写真と断定できるものは確認できていません。
🧪噂の真相と検証結果
旧佐和山トンネルは、史実だけでも非常に価値の高い場所です。
1919年着工、1924年完成。旧国道の道路トンネルとして使われ、戦争末期には近江航空の地下疎開工場へ転用されました。
これらは滋賀県の公的調査で確認できます。
一方、男性の霊、心霊写真、首が折れた男性、白い手、足音、うめき声などの怪談について、原因となる死亡事故・事件の資料は確認できませんでした。
戦時中の工場だったからといって、そこで死者が出たと決めつけることもできません。
私自身の訪問でも明確な心霊現象はありませんでした。
現時点では、大正期の廃隧道と戦時地下工場という非常に強い歴史的背景に、男性霊・心霊写真などの怪談が後から重なった場所と整理するのが最も正確です。
😱旧佐和山トンネルの恐怖度
旧佐和山トンネルの恐怖度
雰囲気:★★★★☆
立地:★★★★☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
過去の事故事件の有無:★★☆☆☆
総合評価:★★★☆☆
✍️まとめ
旧佐和山トンネルは、心霊スポットとしてより先に、滋賀県の道路史・戦争史を残す重要な遺構です。
100年以上前に完成した道路トンネルが、戦争末期には軍需工場へ変わり、現在は廃隧道となって残っています。
男性の霊や心霊写真の噂は有名で、近年は首が折れた男性・白い手・足音・うめき声など、怪談もさらに具体化しています。
ただし、それらを説明する死亡事故・事件は確認できませんでした。
私が訪れた際にも明確な心霊現象はありません。
現在は滋賀県資料でも「立入禁止」と明記され、内部は亀裂・浸水がある危険な状態です。過去写真は歴史記録として見ていただき、現在の侵入はやめてください。
というわけで、今回はここまで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
それでは――お憑かれさまでした。
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旧佐和山隧道が道路として使われていた時代を知っている方、近江航空疎開工場について資料をお持ちの方、男性霊や心霊写真の噂を古くから知っている方の情報をお待ちしています。
特に「首が折れた男性」「白い手」「足音」などの噂がいつ頃から加わったのか、古い雑誌・掲示板・テレビ番組をご存じの方がいれば、ぜひお問い合わせフォームやコメントからお聞かせください。








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