🕯️はじめに:旧童学寺トンネルとは?
徳島県名西郡石井町と神山町の境に、現在は両側の坑口をコンクリートで塞がれた古いトンネルがあります。
それが今回ご紹介する――旧童学寺トンネルです。
正式名称は童学寺越隧道。童学寺隧道、石井トンネルなどとも呼ばれています。
坑門に残る「大正二年」の文字や旧道資料から、1913年(大正2年)に竣工した煉瓦造りの隧道とみられています。元記事では1920年開通としていましたが、今回調べ直し、こちらを修正しました。
その後、新童学寺トンネルが整備されて旧道化し、2004年(平成16年)には旧隧道が完全に封鎖されたとする記録が複数残っています。
そしてこの場所には、封鎖前から「首吊り自殺した男性の霊が出る」「女性の霊が現れる」など、さまざまな心霊噂が語られてきました。
今回は旧童学寺トンネルの歴史、心霊噂、そして私が実際に訪れた際の写真を改めて整理していきます。
🗺️旧童学寺トンネルの情報
旧童学寺トンネルの基礎情報
正式名称:童学寺越隧道
通称:旧童学寺トンネル、童学寺隧道、石井トンネル
所在地:徳島県名西郡石井町~神山町付近
旧路線:徳島県道20号 石井神山線の旧道区間
竣工:1913年(大正2年)とみられる
構造:煉瓦巻きを含む旧式隧道
役割:石井町と神山町を結ぶ峠越え道路
新童学寺トンネル:延長641m、2000年3月竣工の記録あり
旧隧道の閉鎖:2004年(平成16年)とする記録あり
現在:坑口はコンクリートで封鎖
旧童学寺トンネルの場所
旧童学寺トンネルは、石井町側と神山町側を山越えで結んでいた旧県道上にあります。
現在の県道20号は新童学寺トンネルを通っており、旧道側は現役道路ではありません。旧隧道そのものも完全に封鎖されています。
私が訪れた当時は、途中から車両で進めない区間があり、山道を歩いて坑口へ向かいました。
周辺は夜になると街灯が少なく、途中には使われていないように見える建物も残っていたため、トンネルに到着するまでの道の方が不気味に感じるほどでした。
周辺情報
隧道名の由来になった童学寺は石井町側にある古刹です。弘法大師・空海が幼少期に学問修行をしたという伝承でも知られています。
旧童学寺トンネルは、こうした寺院や集落と神山方面を結ぶ交通路として長年利用されてきました。
古い写真や隧道探索資料では、神山側坑門に煉瓦造りの意匠と「童学寺越隧道」の扁額が確認できます。現在は内部へ入ることはできません。
👻旧童学寺トンネルに纏わる噂と心霊現象
- トンネル内で首吊り自殺したという男性の霊が現れる。
- 血まみれの男性の姿を見たという噂がある。
- 女性や老婆の霊が現れる。
- 封鎖されたコンクリート壁から手が伸び、引きずり込まれそうになる。
- トンネルを訪れた後、「トンネルデナニシテタノ」という不審なメールが届く。
- 壁や坑口に触れようとすると金縛りに遭う。
- カーブミラーや周辺の山道で不可解な人影を見たという体験談がある。
- ターボババアが出るという都市伝説も語られている。
※これらは地元の噂、心霊サイト、ネット上の体験談などで語られている内容です。今回確認した範囲では、トンネル内で実際に首吊り自殺が発生したことを裏付ける新聞記事や公的記録は確認できませんでした。
最も有名なのは、やはり「首吊り自殺した男性の霊」の噂です。古い時期から繰り返し紹介されており、現在でも旧童学寺トンネルを象徴する怪談になっています。
一方で「コンクリート壁から手が出る」「メールが届く」といった話は、旧隧道が完全封鎖された後に広まった比較的新しい都市伝説の色合いが強いものです。
興味深いのは、実際の訪問者の体験談でもトンネルそのものだけでなく、坑口へ向かう旧道や周辺の廃屋、カーブミラーなどに不気味さを感じたという声が多いこと。
つまり、この場所の心霊イメージは「古い煉瓦隧道」「完全封鎖」「山中の旧道」「周辺の廃屋」といった環境そのものによって強化されている可能性もあります。
📷旧童学寺トンネルに実際に行ってみた
訪れた日はあいにくの雨。
坑口までは歩く必要があったため、雨が止むのを待っていましたが、結局止まなかったので傘を差して向かいました。
ここからの写真は当時の訪問記録です。現在の通行状況や規制とは異なる可能性がありますので、現地の立入規制には必ず従ってください。

この先は車で進めなかったため、ここから徒歩で向かいます。
夜間の旧道はかなり暗く、雨も加わって視界は良くありませんでした。


写真には丸い光が複数写っていますが、雨粒や水滴がフラッシュに反射した可能性が高いと思います。
この時点では特に不可解な現象はありませんでした。




途中には、当時すでに使われていないように見えるトタン張りの建物がありました。
元記事では工場か倉庫かと推測していましたが、用途を確認できる資料は見つからなかったため、断定は避けます。


しばらく歩くと、ようやく旧童学寺トンネルの坑口に到着しました。
噂どおり、入口はコンクリートで完全に塞がれています。
以前は「ここまで完全封鎖するほどヤバい場所なのか」と感じましたが、現在見ると、老朽化した旧隧道への侵入防止や安全管理のためと考えるのが自然です。

坑口付近には石碑も残っていました。
当時は文字を読めませんでしたが、旧隧道の建設に関係した人物名などが刻まれた記念物とみられ、古い隧道資料にも同様の碑が紹介されています。

今回確認したのは神山町側の坑口。反対側も封鎖されているとされますが、この日は雨も強かったため移動せず、ここで探索を終えました。
滞在中、男性の霊や女性の霊、壁から伸びる手など、噂される心霊現象は確認できませんでした。
🧪噂の真相と検証結果
今回の再調査で最も大きく修正したのは、トンネルそのものの歴史です。
元記事では1920年開通としていましたが、坑門の「大正二年」という銘や古い隧道資料から、1913年(大正2年)竣工とみる方が整合的です。
一方、「首吊り自殺した男性」「血まみれの霊」「コンクリート壁から伸びる手」などの心霊噂については、噂そのものが存在することは確認できますが、その原因とされる死亡事故や自殺について公的な裏付けまでは確認できませんでした。
また、完全封鎖は心霊的な理由ではなく、旧道化した老朽隧道への侵入防止・安全管理と考える方が現実的です。
私自身の現地探索では、心霊現象は確認できませんでした。
😱旧童学寺トンネルの恐怖度
旧童学寺トンネルの恐怖度
雰囲気:★★★★☆
立地:★★★★☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
過去の事故事件の有無:★☆☆☆☆
総合評価:★★★☆☆
✍️まとめ
旧童学寺トンネルは、単なる心霊スポットではなく、大正時代から石井町と神山町を結んできた歴史ある道路遺構です。
現在は完全封鎖されていますが、その異様な外観と山中の旧道環境から、首吊り自殺した男性、女性の霊、壁から伸びる手、謎のメールなど数多くの怪談が語られてきました。
ただし、それらの噂の原因とされる事件について、今回確認した範囲では公的な裏付けは見つかっていません。
私が訪れた際にも特別な心霊現象は起きませんでしたが、雨の夜の旧道と完全封鎖された煉瓦隧道は、それだけでも十分に不気味な雰囲気を持つ場所でした。
現在は旧隧道内部へ入ることはできません。現地の規制を越えて侵入することはやめましょう。
というわけで、今回はここまで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
それでは――お憑かれさまでした。
🔗関連する心霊スポット
徳島県の心霊スポットは、ホテルニュー鳴門などの記事も順次再調査・更新しています。
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