🕯️はじめに:ホテルニュー鳴門とは?
徳島県鳴門市。
鳴門海峡を見下ろす山道、かつての鳴門スカイライン沿いに巨大な廃墟があります。
それが今回ご紹介する――ホテルニュー鳴門です。
道路側から見ると平屋のようにも見えますが、実際は断崖に沿って下へ伸びる特殊な構造。
営業当時は宿泊施設だけでなく、大広間や会議室なども備えた観光施設でした。
しかし閉業後は激しく崩壊し、徳島県を代表する心霊スポットとして知られるようになります。
「ここで写真を撮ると必ず心霊写真が撮れる」
「髪の長い女性の霊が現れる」
「屋上から飛び降り自殺した人がいる」
「火事の後に経営難となり、経営者が自殺した」
さらに2010年には、稲川淳二さんの『四国巡礼・恐怖の現場』でも“徳島・廃ホテル”として取り上げられました。
今回はホテルニュー鳴門の営業時代の資料、心霊噂、番組で語られた内容、そして私が実際に訪れた際の写真を見ていきます。
🗺️ホテルニュー鳴門の情報
ホテルニュー鳴門の基礎情報
所在地:徳島県鳴門市瀬戸町室中ケ谷付近
立地:徳島県道183号亀浦港櫛木線(旧・鳴門スカイライン)沿い
建設時期:1969年以降~1970年代前半と推定される
1979年資料:和室12室・洋室2室、計14室
収容人数:約75~76名とする鳴門市資料あり
設備:120名収容の大広間、40名収容の会議室など
閉業:1996年頃とする廃墟資料あり
現在:営業しておらず、長期間廃墟として残存
ホテルニュー鳴門の場所
ホテルニュー鳴門は、鳴門スカイラインと呼ばれていた県道183号線沿いにあります。
廃墟検索地図が鳴門市の資料や航空写真を調査したところ、1960年にはまだ建物がなく、1969年の県道制定から1970年代前半頃までに建設されたと推定されています。
さらに『鳴門市の現況 : 鳴門市新総合計画基礎資料編』(1979年)には、ホテルニュー鳴門について和室12室・洋室2室の計14室、収容人数75~76名、大広間・会議室などの記載が残っています。
つまり「ホテルと呼ばれているだけのドライブイン」ではなく、実際に宿泊機能を備えた施設だったことが確認できます。
(参考:廃墟検索地図 ホテルニュー鳴門)
周辺情報
ホテルの周辺には、かつて観光客向けの施設が複数ありました。
廃墟検索地図の調査では、駐車スペースを囲むようにホテルニュー鳴門、ドライブインみはらし、名称不明の建物、公衆トイレが配置されていたとされています。
1987年の『鳴門スカイライン沿線観光ガイド』には、ドライブインみはらしの座席数や特産品販売についても記録が残っています。
私が訪れた際に「ホテルニュー鳴門の一部」と思っていた周辺の建物には、実際には別のドライブイン施設も含まれていたようです。
ホテル本館は断崖に張り付くような造りで、道路から見える部分が最上階。そこから下へ4~5階ほど続く特殊な構造です。
この立地のため老朽化後は非常に危険な廃墟となり、崩落した階段や崖が多数あります。
👻ホテルニュー鳴門に纏わる噂と心霊現象
- 写真を撮ると必ず心霊写真が撮れる。
- 髪の長い女性や赤い服の女性の霊が現れる。
- 屋上から飛び降り自殺した人がいるという噂がある。
- 浴室付近で強い心霊現象が起こる。
- 火事が起こり、経営難になった経営者が自殺したという噂がある。
- オーナーが精神的に不安定になり、廃業したという噂もある。
- 焼身自殺があったという後発の噂も見られる。
※これらには番組内で紹介された話と、後年ネット上で広がった噂が混在しています。飛び降り自殺・火事・経営者の自殺・焼身自殺などについて、今回確認した範囲では裏付けとなる新聞記事や公的記録は確認できませんでした。
ホテルニュー鳴門の心霊スポットとしての知名度を一気に高めたのが、2010年制作の『稲川淳二 四国巡礼・恐怖の現場~本当にあった“死国”88霊場~VOL.1』です。
販売元MAXAMでは、作品内の場所を「冥途への旅立ち…地獄霊場 徳島・廃ホテル」と紹介。瀬戸内海を一望できる山の上の施設が、数年後に突然廃業したという内容になっています。
配信サービスの紹介文には「オーナーが半狂乱となり、精神病院に入院したため廃業したという噂」も記載されています。
また番組では屋上からの飛び降り自殺や、最下階の浴室に関する怪異が語られたと複数の視聴記録に残っています。
ただし、これらも“番組で語られた噂”と“確認できる営業史”は分けて考える必要があります。
(参考:MAXAM 四国巡礼・恐怖の現場 VOL.1)
📷ホテルニュー鳴門に実際に行ってみた
私が四国で初めて訪れた心霊スポットがホテルニュー鳴門でした。
建物のすぐ先が崖になっていると知っていたため、今回は明るい時間に訪れています。
ここからの写真は当時の記録です。建物は極端に老朽化しており、現在の無断立入は絶対にしないでください。


道路側から見たホテル本館です。
現在は壁の多くが失われ、骨組みが露出しています。
昔の記事では、この道路側の部分をレストランと推測していましたが、営業時の詳しいフロア構成には不明な点もあります。




建物のすぐ先は崖。
この特殊な構造がホテルニュー鳴門最大の特徴であり、現在では心霊以上に物理的な危険性が高い場所です。


金属製の階段は腐食し、下へ続く階段も途中で崩れていました。
当時の時点でも非常に危険で、無理に先へ進みませんでした。
2022年の記録では、さらに下層へ続く階段も崩落したとされています。





周囲には別の建物や公衆トイレも残っていました。
調べ直すと、すべてがホテル本館ではなく、ドライブインなど別施設も混在していたことが分かります。





別棟には浴室のような場所や、黒く焦げた跡もありました。
火災があったという噂を連想しますが、この焦げ跡だけで営業中の火災や経営難の原因だったと断定することはできません。









厨房跡、トイレ、和室のような部屋、荷物用エレベーターなど、営業当時の用途を想像できる設備も残っていました。
「必ず心霊写真が撮れる」と聞いてかなり撮影しましたが、私の写真には心霊写真らしいものは確認できませんでした。
噂の女性の霊も現れませんでした。
🧪噂の真相と検証結果
今回調べ直して分かったのは、ホテルニュー鳴門の営業時代について、思った以上に具体的な資料が残っていることです。
1979年の鳴門市資料には客室数・収容人数・大広間・会議室まで記載されており、宿泊施設として営業していたことは確認できます。
一方、火災で経営難になった、経営者が自殺した、飛び降り自殺があった、焼身自殺があったといった話については、今回確認した範囲では一次資料を見つけられませんでした。
稲川淳二さんの番組で紹介された怪談も含め、噂としては実際に存在するため記事には残します。
私が訪れた際には、必ず撮れるとされた心霊写真も、女性の霊も確認できませんでした。
現実に最も危険なのは、崖と激しく崩壊した建物そのものです。
😱ホテルニュー鳴門の恐怖度
雰囲気:★★★★☆
立地:★★★★☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
過去の事故事件の有無:★☆☆☆☆
総合評価:★★★☆☆
✍️まとめ
ホテルニュー鳴門は、ただの正体不明の廃墟ではなく、1970年代から観光客を受け入れていた実在のホテルでした。
その後廃墟となり、2010年の稲川淳二さんの番組などを通して全国的な心霊スポットとして知られるようになります。
飛び降り、火事、経営者の自殺などの噂は現在も残っていますが、今回の調査では事件を裏付ける資料までは確認できませんでした。
私が訪れた際にも心霊写真は撮れず、女性の霊も現れていません。
それ以上に、崩壊した階段と断崖が非常に危険な場所です。過去写真を見て無断で建物へ入ることはやめましょう。
というわけで、今回はここまで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
それでは――お憑かれさまでした。
🔗関連する心霊スポット
徳島県の心霊スポットはこちらも順次更新していきます。
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