🕯️はじめに:この店では本当に「人の肉」を出していたのか
長野県松本市の山際に、あまりにも物騒な名前で呼ばれる廃墟があります。
その名も「人肉館」。
噂では、経営難に陥った焼肉店の店主が人を殺し、その肉を客へ出していた――。さらに「強盗に一家を殺された」「店主が自殺した」「一家心中した」と、内容の違う話まで残っています。
本当にそんな事件が起きたのでしょうか。今回は営業当時の情報、古いネット上の書き込み、火災記録まで追い、この異様な名前がどのように作られたのかを見ていきます。
👻人肉館に纏わる噂と心霊現象
- 経営難になった店が、人の肉を客へ提供していた。
- 店主が客や愛人を殺し、その遺体を肉として使った。
- 強盗が押し入り、店主一家を殺害した。
- 経営に行き詰まった店主が一家心中した。
- 店主が廃墟の中で自殺した。
- 男性や女性の霊が現れる。
- 訪れたあと、車に手形が付いていたという話がある。
見て分かる通り、噂の内容がかなりバラバラです。
「店主が殺人をした」と「店主一家が殺された」では、事件の立場が真逆です。さらに一家心中説まであります。
ここまで話が分かれている時点で、ひとつの実在事件から派生した怪談なのか疑問が出てきます。
🗺️人肉館の基礎情報
正体はレストラン「茶臼山荘」
「人肉館」と呼ばれている建物は、後年の記録では浅間温泉の「茶臼山荘」という施設だったと紹介されています。
中でも廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」は、営業時の特徴として「大パノラマ展望レストラン」を掲げ、南北アルプスを一望できる立地、野外バーベキューガーデン、ジンギスカン・山菜料理・手打ちそばなどを紹介しています。Departure「人肉館」も、正式名称を「茶臼山荘」と記録しています。
残念ながら、営業当時の広告やパンフレットそのものはまだ確認できていません。ジンギスカンや山菜料理、バーベキューガーデンといった情報は、後年に残された記録から分かる範囲です。
出典:廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」/Departure「人肉館」
いつ頃営業していたのか
では、茶臼山荘はいつ開業したのでしょうか。ここは、まだはっきりしません。
廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」には「1962~1969年に開業」とあります。ただ、その幅を何から割り出したのかまでは書かれていません。Departure「人肉館」も1970年代から存在を確認できるとしていますが、元になった資料までは示されていません。
年代をもう少し絞れないか、古地図と住宅地図も追いました。国立国会図書館のレファレンス協同データベースに掲載された県立長野図書館の調査では、松本市について1960年、1962年、1975年版などの住宅地図を県立長野図書館が所蔵し、松本市中央図書館にも1963年、1964年、1971年、1974年版が所蔵されています。
この住宅地図を年代順に見比べれば、「茶臼山荘」が初めて載る時期から開業年代をかなり絞れそうです。ただ、該当ページの画像はオンライン公開されておらず、現物までは確認できていません。なので、ここで「1962~1969年開業」と決めてしまうのはやめておきます。
また、日本版Map Warperで公開されている大日本帝国陸地測量部『松本』五万分一地形圖は、明治43年測図・昭和5年測図・昭和6年修正、昭和8年7月発行です。こちらは茶臼山荘が営業していたとされる時期よりずっと古い地図です。周辺がどんな地形だったかを見るには使えますが、開業年を絞る材料にはなりません。
出典:国立国会図書館 レファレンス協同データベース「昭和50年代くらいから前に発行された松本市の住宅地図を見たい」(県立長野図書館、管理番号:県立長野-25-074、2025年)/大日本帝国陸地測量部『松本』五万分一地形圖(明治43年測図・昭和5年測図・昭和6年修正・昭和8年7月発行、高山3号)[日本版Map Warper/Stanford University Libraries所蔵画像]/廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」/Departure「人肉館」
隣の建物と噂が混ざっている
人肉館の話をややこしくしているのが、レストランの近くに別の建物跡があることです。
廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」では、東側の高い位置に民宿跡のような遺構があり、こちらも火災で焼け落ちたとしています。さらに、当初はこちら側が「人肉館」と呼ばれていたものが混同された可能性にも触れています。
古い写真や体験談を見るときは、どちらの建物を「人肉館」と呼んでいるのかを見分けた方がよさそうです。
出典:廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」
📷人肉館に実際に行ってみた
こちらが、人肉館と呼ばれている茶臼山荘跡です。
現在目立つのは、コンクリートがむき出しになった独特な外観です。営業当時のレストランを知らなければ、最初からこの形の廃墟だったようにも見えます。





建物を見ると、木造部分の多くが失われています。黒く焼けた部分もあり、火災を経たあとの姿だと分かります。
この状態だけを見れば、「何か恐ろしい事件があった場所」と言われても信じてしまいそうです。廃墟の見た目が噂を補強している部分は大きいと思います。





内部に営業当時の家具や調理器具はほとんど残っていません。現在の写真から、昔のレストランの姿を想像するのはかなり難しくなっています。
逆に言えば、元の用途が分かりにくくなったことで「人肉館」という名前だけが強く残ったとも考えられます。






周辺には別の建物跡もあります。こうした複数の遺構が、ひとまとめに「人肉館」と語られてきた時期もあったようです。
今回の現地写真でも、猟奇事件を示すようなものは当然見つかりませんでした。残っているのは、火災と長年の放置によって変化したレストラン跡です。
🔎「人肉館」の噂をさらに深掘り
2003年にはすでに「人肉館」と呼ばれていた
ネット上の記録をたどると、2005年よりさらに前へさかのぼれました。
2ちゃんねる過去ログ「長野に心霊スポットってありますか?」には、2003年に立てられたスレッド内で「人肉館」がすでに心霊スポットとして紹介されています。そこでは「元焼肉屋」「殺人があった」「一家が殺害された」など、現在まで残る複数の噂がすでに並んでいます。
さらに2005年の「長野に心霊スポットってありますか? その4」では、「人肉館は何年前まで営業していたのか」という書き込みや、長野県の代表的な心霊スポットとして扱う投稿が確認できます。
「人肉館」という通称は、YouTube時代になって突然生まれたものではありません。2003年には、すでにネット上で心霊スポットとして名前が出ています。
出典:2ちゃんねる過去ログ「長野に心霊スポットってありますか?」レス404/2ちゃんねる過去ログ「長野に心霊スポットってありますか? その4」
最初から噂の筋書きがバラバラだった
しかも、古い書き込みを追うと噂の内容は最初から一つではありません。
2003年の時点ですでに、「店主が人を殺した」「一家が殺された」といった別々の話が並んでいます。その後の書き込みでは、自殺説や「人間スープの家」といった話まで加わっていきます。
いま有名な「人の肉を客へ出していた」という話だけが、最初から決まった形で語られていたわけではなさそうです。
猟奇事件を示す新聞記録は見つかるのか
では、人肉館の噂に出てくる殺人事件は本当にあったのでしょうか。
店主による連続殺人、強盗による一家惨殺、一家心中など、噂に対応する重大事件を裏付ける資料は確認できません。
サバミリマップ「人肉館(茶臼山荘)」では、2002年ごろから約10年分の地方新聞を調べても、松本市周辺で噂に該当する事件記録は見つからなかったとしています。
今のところ、広く語られている猟奇事件を史実とみなせる材料は見つかっていません。
出典:サバミリマップ「人肉館(茶臼山荘)」
噂が本当なら、なぜ事件の筋書きが何種類もある?
実在事件が元になった怪談でも、細部が変わることはあります。
ただ、人肉館の場合は「誰が誰を殺したのか」という中心部分まで変わっています。店主が加害者になる話もあれば、被害者になる話もあります。
ここまで筋書きが違うと、ひとつの事件が変化したというより、「人肉館」という名前に合わせて別々の怖い話が付け足されていったようにも見えます。
2012年8月、実際に大きな火災が起きている
人肉館には、怪談ではなく実際に起きた出来事もあります。2012年8月の火災です。
2012年8月23日付の読売新聞「心霊スポット全焼 松本」は、前日22日午前5時ごろ、松本市浅間温泉の廃屋から出火し、鉄骨コンクリート平屋約205平方メートルを全焼したと報じています。けが人はなく、松本署は付近に火の気がないことから不審火とみて調べていました。記事では、近隣住民の話として「心霊スポットとして訪れる人も多かった」とも伝えています。
読売新聞の原記事は現在公開終了していますが、当時の転載ページに原文と元URLが残っています。いま見られる焼損した姿は、この火災を経た後のものです。
出典:読売新聞「心霊スポット全焼 松本」2012年8月23日付(原記事公開終了・当時の転載記録)
火災前の古い写真にも建物が残っている
火災前の姿についても、古い訪問記録が残っています。
廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」の参考リンクには、2003年11月に隣接する廃民宿を撮影した記録や、2005年11月に「ASM温泉(CUY荘)」として撮影した記録が残されています。2010年の探索記録へのリンクも確認できます。
これらの記録と2012年8月22日の火災報道を並べると、現在のコンクリートが剥き出しになった姿は営業当時のものではなく、閉業後の荒廃と火災を経て形成されたことが分かります。
出典:廃墟検索地図「人肉館(茶臼山荘)」参考リンク一覧/読売新聞「心霊スポット全焼 松本」(2012年8月23日付。原記事は現在公開終了、当時の転載記録で本文確認)
なぜ人肉事件の話がここまで広がったのか
理由として大きいのは、やはり名前だと思います。
「茶臼山荘」なら、ここまで猟奇的な想像は広がらなかったかもしれません。「人肉館」という強烈な名前が、聞いた人に“理由”を求めさせます。
そこで「人肉を出していたから」という分かりやすい説明が作られます。不気味な廃墟の外観が、その話に説得力を与えてしまいます。
「人肉館」という名前を聞く。理由を想像する。そこへ怖い話が付く――。そんな流れで噂が膨らんでいったのかもしれません。
幽霊の噂が意外に弱い
意外なのは、これだけ有名な場所なのに、心霊現象の内容があまり固定されていないことです。
男性の霊、女性の霊、店主の霊など複数の話がありますが、「この部屋に必ず出る」といった共通した怪談は弱めです。
人肉館は、幽霊そのものより“人肉を出していた店”という設定の方が先に立つ心霊スポットです。ここも、事件由来の場所とは少し違う特徴です。
😱人肉館の恐怖度
雰囲気:★★★★☆
立地:★★★☆☆
心霊現象の有無:★☆☆☆☆
噂の信憑性:★☆☆☆☆
総合評価:★★☆☆☆
✍️調査結果とまとめ
今回は、長野県松本市の「人肉館」をご紹介しました。
「人の肉を客へ出していた」という噂を裏付ける事件記録は、今回追った範囲では見つかりませんでした。廃墟検索地図とDepartureでは、この建物は展望レストラン「茶臼山荘」だったと紹介されています。
面白いのは、2003年の時点ですでに噂が一つに定まっていないことです。店主が人を殺した話、一家が殺された話、自殺した話――。肝心の筋書きから食い違っています。
その一方で、2012年8月22日の火災は読売新聞で実際に報じられています。現在の焼けた姿は、この火災を経たあとのものです。
強烈な「人肉館」という通称に、不気味な廃墟の姿とネット上の噂が重なり、いつの間にか“事件の物語”まで出来上がっていったのかもしれません。
人肉館は、心霊スポットの噂がどう膨らんでいくのかを見るうえでも興味深い場所です。
なお、現在も管理されている土地・建物です。無断で敷地や建物へ入ることは絶対にやめてください。
それでは――お憑かれさまでした。






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